DAOと暗号技術

【今週の目次】
1. STEMウォッチ 2. 近況報告

1. STEMウォッチ
私が注目する「科学、技術、工学、数学」の情報を、隔週で紹介するコーナーです。

第2回 「DAOと暗号技術」

先日、The DAOというイーサリアム・ネットワーク上の新規プロジェクトに対し、プログラムのバグを突いた攻撃が仕掛けられ、巨額の暗号通貨ETHが転送されてしまうという事件があり、ニュースになった。The DAOは今年の5月にクラウドファンディング史上最高額の資金調達を達成したばかりで、幸先の良いスタートを切った矢先の衝撃である。

今回の事件を分かりやすく例えるなら、注目を集めるベンチャー企業が現金の管理を誤って大金を盗まれてしまった、というニュアンスになるかもしれない。しかし、The DAOは企業ではないし、盗まれた物も現金ではない。その上、そもそもこれが「盗み」なのかどうかも意見が分かれるのではないだろうか。難解な事件だ。

近年、これまで人や組織に預けて来た信用を、暗号などの技術や数学に対する信用によって置き換えようという動きが活発になっている。その象徴は、ビットコインをはじめとする暗号通貨の登場だろう。この動きを牽引する技術者達の野心的な試みは今や、通貨に飽き足らず、「DAO」を目指して動き始めている。

DAOとは分散型の自動化組織(Destributed Autonomous Organization)のことで、名前の通り、「中央」の存在しない完全なる分権型の組織を表す新しい言葉である。既に特定の分野では、「法の支配」を自動化することでDAOを実現することが可能になっている。ビットコインやイーサリアム、そしてThe DAOなどのプロジェクトも、一般名詞であるDAOの一種であると言えるだろう。

【DAOの概念図】
DAO_concept

こうした試みの中核には、公開鍵暗号やハッシュ関数などの暗号技術が用いられている。しかし、その安全性を保証しうる数学上の予想(「P≠NP予想」)はまだ解かれていない。つまり今のところは、「数多くの天才達が反例を探しても見つかっていないという事実」が、実用上の安全性を担保している状況である。

【参考サイト】
暗号通貨の中核技術であるブロックチェーンについては、各所に優れた日本語の解説ページがある。歴史的背景や技術的詳細については、英語の原論文を眺めると専門外ながらなかなか楽しめた。(著者が正体不明のビットコインの論文(pdf)、Yellow Paperと称しているイーサリアムの論文(pdf)。)

DAOの概念図は、大石哲之さんの分かりやすいアゴラの記事を参考にした。この記事におけるプロトコルと自然法則との対比が面白い。DAOについては他にも色々面白い日本語の解説記事がある。また、The DAOで最初に提案されたプロジェクトSlock.itの紹介動画(日本語字幕付き)にはワクワクせざるを得ない。

今回の事件について説明するイーサリアム・プロジェクトVitalik Buterin氏のブログ記事(英語)では、本当に可能なのか?と思うような過激な解決策が提案されている。一方、攻撃したハッカー側からThe DAOとイーサリアムのコミュニティに向けた挑戦状とも取れる公開書簡(英語)もあって、そのふてぶてしさには不謹慎かもしれないが笑ってしまう。この事件はまだまだ進行中なので今後の展開から目が離せない。

公開鍵暗号やブロックチェーンに使われているハッシュ関数(ビットコインの場合はSHA-256)については、アルゴリズムを説明する日本語のサイトが各所にある。P≠NP予想はクレイ数学研究所によってミレニアム懸賞問題にかけられている。その公式ページ(英語)にはレクチャー動画があったりする。

 

【今週の目次】
1. STEMウォッチ 2. 近況報告

投稿者: miurror

韓国高等科学院 (KIAS) 研究員 / 数理科学絡みで色々な研究をしています。最近は人工知能やバーチャルリアリティなどの情報技術を、数学的現象を観測する手段として用いることに関心があります。