情報技術で描く数学の未来

この記事は「数学カフェ_4次元コンテンツ出展の記録 Advent Calendar 2016」の、
25日目の記事となります。



本日は、サイエンスアゴラにおける数学カフェの企画「4次元を見てみよう ~情報技術で描く数学の未来~」に関連して、今後やってみたいことについて書こうと思います。

といっても、まだやってみたいことの候補はたくさんあり、一緒に出展した皆さんにもそれぞれの考えがあるため、この記事では単に、私個人が持つ今後の活動の方針と、すでに動き始めている4次元立体視の研究についての簡単な紹介を行うことにします。

活動の方針: 「情報技術から数学へ」

私たちは、サイエンスアゴラにおける企画名の副題を「情報技術で描く数学の未来」としました。これには、進歩する情報技術が数学者とともに力強く数学の研究を駆動していく未来のイメージを込めています。

この「情報技術から数学へ」というコンセプトが、私の考える大きな活動方針です。

進歩する情報技術はいずれ、これまでとは違ったレベルでさまざまな分野の問題を解決に導いていくことでしょう。もちろん、研究の世界も例外ではなく、この動きに無関心でいられないのは私や私の周りの研究者ばかりではないだろうと思います。

「数学へ」の部分について少し説明します。私は学生時代から長く数学に携わっており、数学や数学者のコミュニティからたくさんの恩恵を受けたことから、とにかく数学の進歩に貢献したいという気持ちが先走ってしまいます。しかし、数学への応用を志向する理由は、このような個人的事情の他にもあります。

その一つが、情報技術と数学の相性の良さです。数学の研究が、実験にかかる時間などの物理的制約を持たず、ほとんど情報処理の繰り返しによって進められていることは特筆すべき特徴です。また、もともと数学には、アイデアを正確に取り扱うための情報処理の技術が明確な形で集積しているという側面もあります。

さて、この「情報技術から数学へ」という活動の方針に従い、今後はVRはもちろん、機械学習やブロックチェーンなど、何でも結び付けていければいいなと考えています。たとえば機械学習を用いるなら、命題の真偽や計算結果の事前予測、問題の難しさの判定など、専門家の判断をサポートすることにつながる技術の中に面白いものがあるかもしれません。

4次元立体視の研究

大きな方針を述べましたが、直近の活動についても少しだけ紹介します。

せっかく実装をしたので、4次元立体視についてはもう少し調べてみたいと思っています。たとえば、4次元を知覚するということの意味をはっきりさせた上で、さまざまな疑問に答えられるように被験者を集めた実験も行う予定です。

実はサイエンスアゴラでは、一部のお客さんに4次元を見るために2次元+2次元の静止画2枚で情報としては十分であるという間違った数学的主張を伝えてしまいました。その点に関心を持って下さった方には、大変申し訳ないミスをしてしまったと反省しています。

正しくは、4次元立体視のON/OFFの切り替え時、もしくは視点を動かした時に運動視差として生じる幾つかの画像の情報が必要になります。このテーマに関しても別の形で整理して発表する準備を進めています。個人的には非常に面白い展開になってきたと感じている部分です。


まとめ

まとめると、4次元積み木についてはまだまだやりたいことがあります。とくに4次元立体視の研究についてはすでに動き始めているため、続報を期待して頂けると幸いです。また、4次元の陰影処理や物理演算などの開発にも、順々に手を付けていくつもりです。

さらに先のことについては「情報技術から数学へ」という活動の方針にしたがって、出来ることを何でもやっていきたいと思っています。

今年は、サイエンスアゴラの出展を通して、本当にたくさんの良い出会いがありました。今後もいろいろな人たちとコラボをし、副産物も作ることで、研究はもちろん、教育やエンターテイメントとしての価値も産み出すことが出来れば嬉しいです。

出展までのいきさつ

この記事は、数学カフェのアドベントカレンダー「4次元コンテンツ出展の記録」の、
11日目の記事となります。

本日は、企画の立ち上げからサイエンスアゴラ当日の発表に至るまでのいきさつを、東京で実施した次の3つのイベントを中心に振り返ってみたいと思います。

1. キックオフミーティング
2. 中間発表会
3. 事前講習会

前提として、私たちは次のような特徴のあるチームでした。
・ 多様なメンバーが有志で集い、初対面の組み合わせも多かった。
・ アクティブメンバーは10人前後で、コミットの具合も様々だった。
・ どのタイミングからでも、参加するメンバーを受け入れていた。
・ 遠隔コミュニケーションが中心だった。

私たちのように、プロジェクトを進める数か月間だけ、オンライン上で緩く繋がる「分散型」のチームは他にもたくさんあるでしょうし、今後ますます増えていくのではないかと思います。似たようなプロジェクトを始めようとしている方の参考になれば嬉しいです。


キックオフミーティング

5月中旬に、数学カフェとしてサイエンスアゴラの出展を目指すことが決まり、中の人と打ち合わせて書類を提出しました。審査に受かって出展が確定したのが、6月30日。そこから、少しずつ動き始めて、7月末の企画説明会で初めてメンバーに会いました。

この時、たしか @yuta_1nose さんだったと思いますが、キックオフミーティングをやろう、というご提案があり、バタバタと翌週に開催する運びとなりました。

このミーティングには想定より多くのメンバー(13人)が集まり、借りていた会議室の定員をオーバーしてしまったため、頼み込んで入れてもらった記憶があります。数学カフェの中の人が進行して下さる中、私が企画の趣旨を、@yuta_1nose さんが運営に関することをそれぞれ説明しました。

この時、説明を聞いていたエンジニアの @shoko3168 さんが、回転する4次元立方体のスクリプトを見つけてきて、@muripo_life さんが、すぐにこれを Oculus Rift で表示して下さいました。あっという間の出来事でしたが、「こういうことか」と歓声が沸いたのが印象に残っています。

キックオフミーティングの効果はてきめんで、その日を境に開発も始まり、活発なコミュニケーションがなされるようになりました。

中間発表会

中間発表会を行ったのは、会場の下見や出展調査票の提出といった事務的な作業が終わったあとの、9月の中旬。一部のメンバーが集まって開発の状況などを確認しました。

開発面ではこの日が良い目標になりました。@outlandkarasu さんと作っていた4次元立体視のシステムや、@tany さんの作っていたタブレットコンテンツのモックアップがこの日に持ち寄られ、今後の方針が議論されました。

事前講習会

いよいよ本番の前の週になって、当日のスタッフ向けに講習会を行いました。この日に新しく参加してくれた方も、5、6人いらっしゃいました。

展示するアプリを使ったリハーサル、出展コンセプトの共有、そして説明方法の周知などが目的でしたが、ラストスパートに備えて団結するという効果もあった気がします。

実際、この講習会で開催が決まった最後の開発もくもく会では、Oculus Riftのアプリを随分ブラッシュアップすることが出来ました。また、この講習会にいらっしゃった Unitusゲームコースの皆さんが、急ピッチでMerge VR用のVRアプリを制作し、展示に加えて下さいました。これについては、本アドベントカレンダー5日目のりっちゃんの記事に詳しいです。


まとめ

今回のサイエンスアゴラへの出展は、私たちにとっては初めての経験ばかりで、たくさんの学びがありました。特に今回紹介したような要所要所でのイベント実施は、私たちのような「分散型」のチームがプロジェクトを進める上で、とても効果的だったと感じています。

それから、最後の1週間というのは、やはり馬鹿にならない生産性を発揮出来ますよね、笑。事前講習会を本番1週間前という時期に設定したことはプラスに働いた気がします。

以上、まともに組織に属したことのない素人の目から見た感想でしたが、明日は、@yuta_1nose さんが組織運営や会場運用に関して書いて下さいます!

4次元立体視について

この記事は、数学カフェのアドベントカレンダー「4次元コンテンツ出展の記録」の、
3日目の記事となります。

本日のテーマは、私たちのVRアプリに取り入れた、
新しい4次元の知覚方法「4次元立体視」についてです。

サイエンスアゴラでは、出展ブースにポスターを貼ってこの方法を紹介しました。
その詳細はまた別の形で発表する予定なので、今回は概要だけサクっと紹介します。

4次元を見る昔ながらの方法

4次元のユークリッド空間 \mathbb{R}^4 の中に置いた物体を観察する際に、
昔からよく用いられている2つの方法は、切り口を見る方法と、影を見る方法です。
どちらも、4次元の情報を3次元に落として捉えるという考え方です。

切り口を見る方法については、今日は触れません。
4次元の世界を舞台にした Miegakure という美しいゲームを開発している方がいますが、
彼は、この切り口を見るという方法を採用しているようです。
リンク先のサイトには分かりやすくて美しい解説動画がたくさんあるので、
ぜひ参考にしてみて下さい。

ここでは影を見る方法を考えます。
4次元空間の景色を1枚の3次元スクリーンに投影し、
その像を眺めることで、4次元の様子を掴もうという方法です。

例えば、4次元空間の中で、普通の3次元立方体を「めくって」みることが出来ますが、
その影を撮影すると、次のような見え方をします。
立方体をめくる様子
立方体の6つの面が同時に裏返っている様子が分かりますか?
内部の向き(パリティ)も反転していて、「裏側」が見えています。

4次元人には、「まつ毛」がある?

私たちが見ているのは、ディスプレイ上の2次元の映像なので、
実際には4次元の景色から、2次元の画像を作っていることになります。
これは粗くみると、次のような変換と同等です。

\begin{bmatrix}X\\ Y\\ Z\\ W \end{bmatrix}\longmapsto\begin{bmatrix} x \\ y \end{bmatrix}=\begin{bmatrix} X/Z \\ Y/Z \end{bmatrix}

さて、この変換には、W方向という特別な方向があります。
この特別な方向へ物体を平行移動してW座標を変化させても、
画像の方には何も変化が生じないため、決してそれを認識出来ないという
ヘンテコな方向です。

4次元人の目には、この特別な方向を定める「まつ毛」が生えていると考えると、
イメージがつきやすいかもしれません。
ただし、「まつ毛」には文字通りの意味はなく、この記事だけの用語です。
(数学的には、線形射影 \mathbb{P}^4 \dashrightarrow \mathbb{P}^2 の中心の直線のことです。)

【概略図】
ac

「まつ毛」を揺らして4次元を見る

私たちの用いた4次元立体視の方法では、
両目に共通の3次元スクリーンを考えることはやめ、
左右の目それぞれで、独立に4次元から2次元の変換を行うことにしました。

といっても、実際のところ、左右の目の「まつ毛」を平行に保っている限り、
共通の3次元スクリーンに映った影を眺めることと、区別が付きません。
つまり、Oculus Riftを通してみても、通常の3次元空間を見ているように感じられます。

そこで、この左右の「まつ毛」の向きをそれぞれ少しだけ傾けることで、
4次元ならではの見え方を提示することを考えました。
これが、私たちがVRアプリで実装した、4次元立体視の概要です。



さて、4次元立体視について、いろいろな疑問が浮かんでくるかもしれませんが、
より詳しいことも、研究と開発の状況に合わせて、随時公開していきたいと考えています。
このアドベントカレンダーでも、実際に私たちのVRアプリを体験した方が、
記事を書いてくださる予定ですので、どうぞご期待ください。

明日は、数学カフェの中の人がマーケティング・PRについて書いて下さいます。

4次元積み木を作ろう

この記事は、数学カフェ_4次元コンテンツ出展の記録 Advent Calendar 2016 の、初日の記事です。



私たちは今年、4次元のVRコンテンツを制作し、
11月5, 6日のサイエンスアゴラに出展しました。
企画のページは以下になります。
4次元を見てみよう~情報技術で描く数学の未来~

はじめ、あまりプログラミングに経験のなかった私は、
「4次元積み木」が出来たら嬉しいな、と軽く妄想していただけでした。
しかし、この妄想は日に日に重篤になっていきます。
いまや私が「4次元積み木」に賭ける思いは真剣そのものですが、
今日はそれについて少し説明(弁解)を試みたいと思います。
(「4次元積み木」がどんなものかについては別記事で書く予定です。)



その前に少しだけ経緯を振り返ると、
実際には、4月ごろから、妄想を口に出して周囲の反応を伺ったり、
研究の公募に出してみたり、技術に詳しい人たちから話を聞いてみたりと、
やみくもに動いていました。

5月中旬にサイエンスアゴラの話を数学カフェの中の人に持ちかけたところ、
次第に興味を持ってくれる方々が集まり、
サイエンスアゴラまでに一定の形に出来たことは、本当に嬉しい出来事でした。
このあたりの経緯は、明日の記事で、数学カフェの中の人も書いてくださると思います。



それでは、なぜ「4次元積み木」を真剣に考えるのか、
私なりの説明をしていきたいと思います。

実のところ、その理由には、私の「数学観」が深く関わっています。
数学者としてひよっ子の私が自分の数学観について論じるのもおこがましいので、
私の好きな、小平邦彦先生のエッセイ「一数学者の妄想」を紹介し、
若干の補足を加えることで説明に繋げようと思います。


「一数学者の妄想」の紹介

このエッセイは、「数理科学」1975年6月号に載せられたもののようですが、
以下の文庫本「怠け数学者の記」に収録されている
別のエッセイ「数学の印象」(「数学のすすめ」1965年5月)においても、
同じような数学に対する考えや概念が語られており、
小平先生が長く抱いてきた数学観を簡潔にまとめたものであると分かります。

小平先生は、数学的現象というものが自然の一部として実在している、
とみなす考えを、いろいろな所で述べています。
これはきっと数学に携わる人にとっては、共感しやすい考えだと思いますが、
このエッセイではさらに、数学者はその数学的現象を「感覚」によって
知覚しているのだという、非常にユニークな視点が持ち込まれています。

数学を理解するということは、その数学的現象を「見る」ことである。「見る」というのは勿論目で見るのとは異なるが、ある種の感覚によって知覚することである。私はかつてこの感覚を「数覚」と名付けたことがある。

人間にとって、この数覚が未発達であることをたとえた色彩画家たちの議論は、
数学を前にしたときの、私たち人間の卑小さを巧みに言い表していて、実に愉快です。
また、数覚が本当に純粋な感覚と並べられるようなものなら、
矯正や進化も可能なのかもしれないと思わせます。

将来人類が進化して数覚が発達した暁には、現在われわれが苦心して証明している定理が数覚によって一目瞭然証明なしに分るようになるのではなかろうか?


数覚提示技術を目指して

私は8年間、ある種の高次元の図形を研究してきましたが、
数式処理ソフトを用いて実験したり、見えない不変量を計算したりする中で、
このソフトが足りない数覚を補助しているのではないか、と感じるようになりました。

一方、様々な感覚を実質的に提示することを目指す技術、
すなわち、バーチャル・リアリティの技術が近年大きく進歩していることを知り、
視覚や聴覚と同様に、数覚を提示する技術もいつかは可能になるかもしれない、
という考えに至りました。

私が研究しているような高次元の図形も、
100年後にはまったく違った方法で知覚出来るようになっているのかもしれない、と。

「4次元積み木」が、そのような技術に繋がる可能性があるのかは、
もちろん全く分かりません。それに、「4次元積み木」が完成したとしても、
当面、扱える数学は原始的なものに限られるでしょう。
それでも私は、このわずかな可能性から、
「4次元積み木」を真剣に追及する価値があると思うようになりました。



「4次元積み木」に対するこのような独特の期待は、
あくまで数学を研究してきた私個人の考えに過ぎないのですが、
共感して、協力や応援をしてくださる方々がいることは、本当にありがたいことでした。

また、今回のサイエンスアゴラでは、私とはまったく異なる背景を持つ方々が集まり、
それぞれまったく異なる視点から、4次元を見てみたいと感じて下さったようです。
そんな皆さんの視点は、また明日以降の記事の中でまた語られると思います。